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わが町知多半島に空港ができました。セントレア空港。いつでも飛んでいけるぞ、空の彼方へ、考えただけで幸せな気分。飛行機見ながら、ちょい福求めてぶらぶら歩いてみようかな、と。
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消しゴムの切れ端で木簡を彫ってみました



本来、地中にあるものなので

木簡とは掘るものなんですけど・・・

 

向かって左端の木簡には

「長屋親王宮鮑大贄十編」と書いてあります

 

長屋王邸宅跡から出土した木簡です

長屋王は鮑(あわび)を食べていらっしゃったんですね

鮑を数える単位が「編」となっていますが

これは熨斗あわびの状態ということです

 

この木簡から長屋王の豪勢な食生活が明らかになりました

 

明らかになったのは食生活だけではありません

冒頭の「長屋親王」から

当時、長屋王が極めて天皇に近い存在だったということもわかりました

 

長屋王は高市皇子の息子で

天武天皇の孫です

だから「親王」ではなく「王」のはずなんです

 

親王なんて呼ばせているから讒言されたのでは?

 

先日の馬場基先生の講座にもこの木簡が出てきました

 

「親王」「皇子」「王子」「皇」

これはいずれも「みこ」と読んでいて

この木簡を書いた人は

意図して「親王」と書いたわけではなく

 

いわゆるしゃべり言葉の感覚で

「親王」と書いたのではないかとのお話でした

 

天皇という呼称も養老令によれば

祭祀においては「天子」

勅書においては「天皇」

外国に対しては「皇帝」

上表においては「陛下」と定められていて

 

特に祭祀の場合、天子と表記しても読みは「すめらみこと」と読んでいたようです

 

いずれにしても

長屋王の食卓には鮑はじめ豪華なお食事が並んでいて

 

鮑の文字の下には「大贄」と書いてあることですし

当時、長屋王は天皇に準ずるような力を持っていたことは確かだったんでしょう

 

 

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