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わが町知多半島に空港ができました。セントレア空港。いつでも飛んでいけるぞ、空の彼方へ、考えただけで幸せな気分。飛行機見ながら、ちょい福求めてぶらぶら歩いてみようかな、と。
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今日明日の2日間

桑名の六華苑で秋の舞楽会が開催されています

 

さっそく行ってまいりました

 

この六華苑(ろっかえん)は

山林王と呼ばれた桑名の実業家、2代目諸戸清六の邸宅として

大正2年に建てられたもの

 

設計は、あの鹿鳴館などを手がけたジョサイア・コンドル氏です

 

現在8軒しか残っていないコンドル氏の建物のひとつで

また地方に残る唯一の作品として注目されています

 

薄いブルー色の洋館に和館がドッキングしたこの大邸宅は


揖斐川・長良川沿いに建ち

約18000㎡という広大な敷地を有しています

 

女中部屋だって素敵~♪

洋室ですがこんな和風の押入れがついています

 

2階のベランダからの眺めです

 

この洋館の前に舞台が組んであって

舞人はこんな感じで入場します

 

なかなか不思議な組み合わせです

 

「打球楽(たぎゅうらく)」は


ゴルフのパターのような毬杖(ぎっちょう)を持って舞います

途中、取り出した玉を打つかのような舞が素敵でした

 

面をかぶって舞う「皇仁庭(おうにんてい)」は


仁徳天皇の即位をお祝して

百済王仁が「難波津歌」をつくり庭で舞ったという古い舞いです

 

午前の最後を飾るのは「陵王」です

私が一番見たかった舞です

一部をケイタイの動画で撮りましたが

途中から、撮っていることを忘れてしまうほど見入ってしまいました

 

蘭陵王の面です

 

イケメン過ぎて敵に侮られないようにお面をかぶったという蘭陵王

今年の春、ドラマを見たので

戦いに明け暮れた彼の27年の人生が走馬灯のように蘇ってきて

大感激でした~♪

 

午後から後半が予定されていましたが

私、これで十分に満足したので六華苑をあとにしました

 

六華苑から川沿いを南下すると

七里の渡跡が見えてきます

 

熱田の宮宿から海路七里にあったことから「七里の渡」と呼ばれています

東海道42番目の宿場町として賑わっていたようです

 

この大鳥居は「伊勢国一の鳥居」

これより伊勢路に入ります

 

寛永11年創業の桑名名物の安永餅


舟を降りた旅人たちは

この安永餅を食べてひと息ついたんでしょうか

 

七里の渡跡の近くに建つ「船津屋」は明治8年創業の老舗料亭

皇族はじめ川端康成、志賀直哉などの要人や文人の滞在先として

また泉鏡花の小説「歌行燈」の舞台としても有名です

 

さすがにここでのランチは無理なので

小説のタイトルになった「歌行燈」を屋号にしたうどん屋さんで

蛤尽くしのランチをいただきました

 

いいお出汁のうどんでした

 

明治10年創業の日本料理の老舗です

 

ジョサイア・コンドルと舞楽と蛤尽くし・・・

桑名宿で芸術と食欲の秋をたっぷり満喫することができました

 

 

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今日の「ぶらぶら美術・博物館」は

トーハクの日本国宝展でした

 

元興寺の五重小塔も出陳しています

小塔といっても、高さは5.5m

今回の展覧会では唯一の建造物の国宝です

 

分解して5台のトラックで運んできたそうです

 

そして、鳥毛マダムこと鳥毛立女屏風

 

今回、正倉院展では第2・4・5・6扇が出陳されていますが

トーハクには、第1・3扇が出陳

 

トーハクの方が少ないじゃん・・・なんて思うかもしれませんが

ほとんど剥落してしまった鳥毛

実は最も残っているのが第3扇なんです

 

もしヤマドリの羽毛をしっかりチェックしたいのなら

ルーペ持参でトーハクへ、どうぞ

 

今回、愛知県からは、熱田神宮の「短刀 銘 来国俊」と

徳川美術館の「千代姫婚礼道具調度品」の一部が展示されています

 

実は、私、以前から「刀」と「太刀」の違いがよくわからなかったんです

本を読んでもよくわからなかったのですが

今回、違いを簡単に見分ける方法がわかりました

 

展示方法です

 

刀は刃を上向きにして展示

で、太刀は下向きにして展示するそうです

 

番組の最後はいつものようにミュージアムショップへ

 

グッズ、いいですね

特に土偶関係のグッズ・・・

 

ぬいぐるみも可愛いですが

今回、出陳している5体の土偶をあしらったキーホルダー

めっちゃ可愛いです

 

トーハクだけでなく

奈良の正倉院展も京都の鳥獣戯画展も

すでに入場者は10万人を突破したそうです

 

芸術の秋ですね



大阪をうろうろしてから、またまた近鉄で奈良入りです

 

マナカが大阪地下鉄だけでなく

近鉄でも使えることにちょっとびっくりです

 

慣れない町で切符を買うのはちょっと一苦労なので

とっても便利~♪

 

さてさて奈良の町はいつになく混んでいました

さすが「正倉院展」の季節ですね

 

奈良着、すでに夕方の4時をまわっていました

興福寺東金堂後堂の正了知大将はあきらめて

そのまま奈良国立博物館へGO!

 

4時半からの正倉院展オータムレイトで入場しました

 

入った当初はちょっと混雑していましたが

5時過ぎるとがらがら・・・

 

ゆっくり宝物を見ることができます

 

まずは伎楽面の崑崙がお出迎えしてくれます

 

今年は藤原仲麻呂の乱から1250年だそうで

仲麻呂がらみのものもいくつか出陳されています

 

例えば「東大寺封戸処分勅書」

 

仲麻呂自らが書き記した東大寺の収入の使い途を示した文書です

全く墨のかすれのない力強い字です、ちょっと右上がりの・・・

自信に満ちあふれているというかちょっと傲慢?

 

孝謙天皇が淳仁天皇に譲位したあとも

天平宝字のまま、改元していないというか

改元させなかったのは、やはり仲麻呂の存在があったからなんでしょうね

 

重祚して称徳天皇として即位したとき

天平神護と改元しました

 

光明皇后が収めた宝物のうち半分は武具や武器でした

しかし、その大半は仲麻呂の乱のときに持ち出され戻ってこなかったそうです

 

その残された武器・武具が一部展示されています

 

「漆塗鞘御杖刀」

聖武天皇の仕込み杖です

一見、杖に見えますが、中には刀が入っていて

非常時には自分を守るための刀だったんですね

 

黄金荘大刀も印刷物やテレビで見るよりもきれいでしたが

私的チェックポイントは「手鉾」というちょっと短めで刀身が湾曲した鉾

馬上で使ったものだとか

屋内で天皇の身辺警護の際に使ったものだとか

いろいろ説はあるようですが、実際にはどうなんでしょうか

ちょっと謎めいた手鉾でした

 

「鳥毛立女屏風」も聖武天皇のひじつき「紫檀木画挾軾」も

どれもこれも素晴らしい宝物ばかり

 

聖武天皇が大仏開眼会で履いたという赤い靴「衲御礼履」は

表は牛皮、裏は鹿革、中敷は綾(絹織物)という豪華なものですが

ぱっと見、北欧のフェルトのスリッパみたいで

しかもそれよりももっと可愛い・・・という

古代の職人たちの技術力とともにセンスにも脱帽してしまいました

 

2700個のガラス玉をつなげた「雑玉幡 残欠」も

想像以上に色がきれいでした

 

先週の日曜美術館でじっくり宝物を見たつもりでしたが

やはり本物を見ると感動します

 

眼福眼福の1時間半でした

 

これ、オータムレイトの記念品です

第7回正倉院展のポスターだそうです

 

正倉院展のロゴが可愛いです



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