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わが町知多半島に空港ができました。セントレア空港。いつでも飛んでいけるぞ、空の彼方へ、考えただけで幸せな気分。飛行機見ながら、ちょい福求めてぶらぶら歩いてみようかな、と。
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今回の青春18きっぷ的京都めぐりのスタートは四条大橋でした

 

JR京都駅から奈良線に乗り換え東福寺で下車

ここから京阪に乗って祇園四条駅下車

 

疎水沿いに歩いていくと辰巳大明神が見えてきます

この寒い中、結婚式の写真を撮影している団体に遭遇

この団体さん、台湾人でした

台湾人の結婚写真にかける情熱はハンパないものがあります

 

あちこちの京都の観光スポットで

衣装を何枚も着替えて撮影するんでしょうか

 

疎水を渡って北上すると

左手側のビルの屋上に木造の塔(?)のようなものを発見

先ほど調べましたら太鼓望楼だそうです

 

明治初期に建てられた有済小学校講堂の大棟中央に付設されたもので

のちに校舎の建て替えに伴い、屋上に移設

当時は、太鼓で時刻を知らせていたんですね

 

さらに北上して

東三条大将軍神社にお参りして

仁王門通を左折したところにある大蓮寺へ

 

こちらは雨の日も風の日も

毎日毎日、洛中洛外を走り回っていたという走り坊さんで有名です

足腰健常のご利益をいただきたくお参りしました

 

おかげさまで今回も元気いっぱいで歩くことができました

 

軽いフットワークで仁王門通の名の由来となった頂妙寺(ちょうみょうじ)へ

手前の総門の奥に仁王門があります

これが通りの名前になりました

 

向かって右側に持国天、左側に多聞天

いわゆる二天門です

 

金網が張られている上に奥の方にお厨子がありまして

その中に入っているためよく見えませんでした

 

なんでも頭部のみ伝運慶だそうです

 

こちらの頂妙寺は室町時代に日祝上人によって開創されたお寺で

足利将軍家の祈願所として栄えた時期もありましたが

その後、転々とし、現在の場所に移転したのが江戸時代

しかし、苦難はさらに続き、相次ぐ火災に見舞われました

 

そのたびに伝運慶の頭部を抱えて避難したわけです

 

洛中洛外図屏風に頂妙寺も描かれていました

御所の西側に元頂妙寺町という地名があるので

そちらにあったときのものだと思われます

 

鴨川を渡って寺町通にある矢田寺へ

 

今回見た洛中洛外図屏風の中に

秀吉さんが造らせた御土居らしき竹藪が描きこまれているものがありました

 

秀吉さんは御土居という土塁で京都を囲み

洛中と洛外を分けるという京都大改造事業を行います

 

それと同時に三条大橋をかけ


そして寺社を寺町通の東側に集めました

 

こちらの矢田寺は奈良の生駒にある矢田寺の別院として

五条坊門に建てられましたが

その後、転々として、寺町通の東側に移転

現在は寺町アーケード街のど真ん中にあります

 

ご本尊の矢田地蔵は高さ2mの立像

 

ところで鴨川の西側、木屋町通に沿って高瀬川が流れています

花見の名所でもあります

 

これ、江戸時代初期に開削されたもので

伏見と京都を結ぶ物流用の運河です

水は鴨川からひいています

 

豪商・角倉了以(すみのくらりょうい)・素庵(そあん)父子によって

3年の歳月をかけて造られました

 

川幅7m、延長約10㎞で、総工費は75000両

幕府などの公的機関からの援助はなく

しかも川のための地所も角倉家の自費で買収

 

その代り、運行使用料の半分を角倉家の収入としました

この高瀬川の起点である一之船入(いちのふないり)です

ここで荷物の積み下ろし、そして船の方向転換をします

 

一之船入沿いに京町屋が並んでいて

その中の「一之船入」という創作中華レストランでランチしました

 

かつてのお茶屋を改修したもので

お部屋は個室になっています

一之船入を眺めながらのランチ、なかなか風情があります

 

5種類の週替わりランチがありましたが

東方美人という台湾茶を飲みましたら

以前、台湾旅行中に狂ったように食べまくった牛肉麺の味が蘇ってきて

ランチメニューをやめて台湾牛肉麺をチョイス!

 

ビーフンのサラダから始まって

シュウマイとぷりぷりのエビシューマイの点心と続き

八角の香り漂う牛肉麺が出てきました

 

台湾で食べたものとは違って

見た目よりさっぱりとした医食同源な一之船入的牛肉麺でした

最後、甘茶のムースで締め

 

京町屋で中華・・・ちょっと新鮮なランチが楽しめました~♪

 

ところで二条城に昭和40年に完成した清流園というお庭があるんですが

建物の一部、そして庭石800個は

角倉了以のお屋敷から譲り受けたものだそうです

太っ腹ですね

 

一之船入の近くにある「がんこ高瀬川二条苑」は

もともとは、角倉了以のお屋敷があったところ

この邸宅内に鴨川からの取水口があります

 

そういえば先日見た洛中洛外図屏風の中に

この角倉了以のお屋敷が描きこまれているものがありました

 

・・・・・・・・・・続く

 

鴨川


京を描く~洛中洛外図の時代~@京都文化博物館

四条から二条へ、そして三条下ル

近代建築めぐり~三条通界隈

近代建築めぐり~烏丸通界隈



 

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