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わが町知多半島に空港ができました。セントレア空港。いつでも飛んでいけるぞ、空の彼方へ、考えただけで幸せな気分。飛行機見ながら、ちょい福求めてぶらぶら歩いてみようかな、と。
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奈良文化財研究所の馬場基先生の講座に行ってきました

 

お題は「平城京の旅人たち」なんですが

会場は三重県の斎宮です

 

講座の前に

せっかくなので真新しいお伊勢さんにお参りすることにしました

 

いつも内宮さんばかりなので

今日は、久々に外宮さん

 

外宮さん、正式には豊受大神宮です

 

伊勢市駅前

真新しい鳥居の向こうが外宮参道です

 

雪が降りしきる伊勢神宮、とても寒かったです

でもとても美しかった・・・

雪の伊勢神宮、おすすめです

 

表参道火除橋、つるつるです

滑らないように、滑らないように、慎重に歩きました

 

この時期

新社殿と旧社殿の両方を拝見することができます

 

向かって右が旧、左が新社殿

 

雪の社殿、このきびしい空気感に身が引き締まります

 

旧社殿はスコ~ンと奥が見えます


 

風の神をお祀りする風宮

大土乃御祖神をお祀りする土宮

豊受大神の荒御魂をお祀りする多賀宮の3つの別宮にもお参りして

式年遷宮記念せんぐう館

 

外宮正殿東側の4分の1部分を原寸大で再現した模型や

豊受大神宮の殿舎配置を20分の1に縮小した模型はじめ

式年遷宮の渡御御列模型などなどが展示されていて

 

通常見ることのできない部分が

模型でしっかり確認することができます

 

こんな天候でしたが

お参りをするたくさんの旅人たちで外宮はにぎわっていました

 

外宮参道は

この式年遷宮を機に新しい施設やお店もオープンして

さすがにまだまだ内宮さんのおかげ横丁には及びませんが

少しずつ少しずつ活気が出てきたんではないでしょうか

すいません、久しく来てないので以前のことを忘れてしまっています・・・

 

去年オープンした伊勢神泉という温泉付旅館

その旅館の施設であるお土産屋さん「伊勢百貨店」です

 

そしてこちらは「お餅茶屋」

 

伊勢のお餅を店内で食べることができます

私は、豊穣五穀餅をいただきました



お茶は無料でいただけます

おいしいお餅に出会えたらもちろんテイクアウトもできます



新しいお店もいいですが

昭和なおばさんとしては



昔のままの老舗旅館「山田館」を見るとほっとしますね



この後、馬場先生の講座が控えているので

ちょっと早めのランチを・・・

 

外宮さんにお祀りされている豊受大神が食の神様ということで

御饌丼(みけどん)」を外宮前名物にしようと各店が腕を競い合っていまして

いろいろチェックしたんですけど

どうもあまり食欲がなくて・・・

 

こういうときは、身体に優しいあのぶよぶよの伊勢うどんにしようということで

以前、テレビ愛知の「おじさんぽ」で紹介されていた

昭和レトロな若草堂で食べることにしました

 

入口に店主のばあちゃんがお人形さんみたいにちょこんと座っていて

オーダーするとなんとそのばあちゃんが奥で調理するという

ひとりでお店を切り盛りする元気なスーパーばあちゃんのお店です



昭和な雰囲気の中で食べる伊勢うどん

まるでおばあちゃんの家にいるような気分になってしまいました



レトロついでに・・・



伊勢市駅前に

駅から外宮さん、そして内宮さんを結ぶ神都バスが停車していたのでパチリ

 

路面電車みたいなバスです

 

明治36年から昭和36年まで路面電車・神都線が走っていました

それがバスとなって復活しました

 

父に見せてあげたかった・・・

 

次回は両親と一緒に

外宮さん、内宮さんをまわりたいと思います

 

・・・・・・・・・・続く


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講座の前にお伊勢まいり

斎宮跡で「旅の力」を感じる


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先週のBS歴史館は

シリーズ日本のフィクサー2「藤原氏 日本の権力構造のルーツ」でした

 

奈良文化財研究所の馬場基先生が

藤原不比等が平城京において自分の権力を示すために

「ある仕掛け」を施したというお話をされていました

 

平城京の入口でから伸びる朱雀大路の真正面にあるのは

朱雀門であり、大極殿

それは現在でも見ることができます

 

そしてそこから目線を北東にふると

興福寺の五重塔も見えます

 

不比等はその入口から

天皇のお住まいだけでなく藤原氏の氏寺が見えるように

そういう場所を選んで興福寺を建立しました

 

興福寺の南にある猿沢池から興福寺を見ると・・・

 

池の北は高くなっていて

その上に興福寺が建っています

 

奥に見えるのは現在再建中の中金堂です

かつてはこの階段の向こうに南大門がありました



以前、馬場基先生が

かつて興福寺の東金堂の西は谷になっていたと何かに書いていらっしゃいました

その谷は南大門を通って南に開けていたようです

 

この階段部分は、昔は谷だったわけです

ということはこの崖は人工的な崖ってことです

 

興福寺は平城京の鬼門にあり


その鬼門を守ると同時に

そこから見下ろして京をコントロールできる場所でなければならない

 

不比等は京の入口から氏寺を見通すことができるように

大規模な土木工事を行って意図的に高くしたんですね

 

権威や権力が京の中でどう存在しているかを見せるために

緻密な計算はもちろんのこと並々ならぬ努力をしていた藤原氏

 

この何気ない数mの崖部分に

不比等のすさまじい執念を見ることができます



今日のBS歴史館は「仏教伝来~古代ニッポンの文明開化?」でした

 

奈良文化財研究所の馬場基先生が出演されるということで

先週からずっと楽しみにしていました

 

藪内佐斗司先生、馬場基先生、東北学院大学の熊谷公男先生が

仏教はどうやって日本に伝わったのか

そしてその仏教を日本人はどうやって受け入れていったのかを

わかりやすく解説してくれました

 

数年前にソウルの国立中央博物館で金銅仏を見ました

 

京都広隆寺の弥勒仏や法隆寺宝物館の金銅仏とよく似ているものがあって

これが、飛鳥の地に伝わったのかと、ちょっと心が震えた記憶があります

 

仏教伝来とは・・・

 

「今、百済では仏像に礼拝するのが流行ってるんです」と

一渡来人がまるでエルメスのバッグを渡すように伝えたわけではなく

いえ、そういうお土産的な仏像は仏教伝来以前からあったかもしれませんが

 

百済の聖明王の使者が仏像や仏典を献上するという国家間の伝達を

仏教伝来、仏教公伝と言います

 

いわゆる外交政策でした

 

当時から東アジア情勢というのは微妙だったんですね

今はマジ最悪ですけど・・・

 

その受け取った仏教をどうやって日本人は受け入れていったのか

 

日本には古来より神さまがいて

そこに仏教が入ってきて・・・

 

だけど、私たちのご先祖さまはうまく習合させてくれました

 

だから今、私たちは神社へ行けば柏手を打ち

お寺へ行けば仏像に手を合わせるという行為を

なんの抵抗もなくやっちゃっているんですよ

 

しなやかな、そしてしたたかな感性・・・と

馬場先生はおっしゃっていましたが

 

奈良、京都、そして地元の尾張を歩きながら

そのしなやかで

かつしたたかな日本人の生きざまを感じている今日この頃です




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