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わが町知多半島に空港ができました。セントレア空港。いつでも飛んでいけるぞ、空の彼方へ、考えただけで幸せな気分。飛行機見ながら、ちょい福求めてぶらぶら歩いてみようかな、と。
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とっぴんぱらりの風太郎



今回は私も
風太郎と一緒に洛中を歩いてみました

 

さて・・・

 

因心居士に命ぜられて

風太郎は畑を借りて、ひょうたんを栽培することになりました

 

やがてたわわな実をつけたひょうたん

 

中でもひと際カタチのいいひょうたんを見つけた因心居士は

「このひょうたんを当代一の名工に装ってもらいたい」と

 

当代一の名工ですから、一見さんはお断りに決まっています

風太郎は高台寺に忍び込み、ねね様に紹介状を書いてもらいます

 

その当代一の名工とは・・・

 

本阿弥光悦

 

ちょうどこの本を読んでいるときにナイスなタイミングで

Eテレ「日曜美術館」の本阿弥光悦特集を見ました

 

刀の鑑定の名家・本阿弥家に生まれた光悦さん

非常に感性の鋭い人で

刀の目利きだけでなく、漆、書、陶芸などアートの目利きでもありました

 

自ら絵筆をもって絵を描くのではなく

それぞれのジャンルの職人たちに

こんな図案で、こんなフォルムで、こんな素材(漆、金、銀などなど)で・・・と指示

一芸に秀でた職人の手技をコーディネイトする

いわばアートディレクターのような存在で

 

俵屋宗達とともに琳派の創始者として

その後の日本文化に多大なる影響を与えた方です

 

寛永の三筆とも称されるほどの書家でもあり


小川通に建つ本法寺は本阿弥家の菩提寺で

本堂の扁額は光悦が描いたものだそうです

 

その本堂の前には

光悦手植えの松があります

ちなみにその松の隣で天を仰いでいるのは長谷川等伯画伯です

 

今回時間がなかったので見ることができませんでしたが

三つ巴のお庭は光悦作だそうです

 

そんな世界的にも有名なアーティスト光悦が

どんなところに住んでいたのか気になったので

こっそり風太郎のあとをつけることにしました

 

しかし、風太郎は伊賀の忍び

どんくさい私は、途中でまかれてしまったので

 

因心居士の「光悦の家は飛鳥井家の向かいだぞ」を頼りに

光悦の屋敷をめざしました

 

飛鳥井家のあったところには白峯神宮が建っていました

その白峯神宮の向かいにはマンションが・・・

あっ、片隅に本阿弥光悦京屋敷跡の碑がありました

 

飛鳥井家は、代々、和歌・蹴鞠の師範を務める貴族で

飛鳥井流の祖として、明治に入るまで蹴鞠道の普及に努めました

 

白峯神宮には蹴鞠庭があり

毎年2回、蹴鞠が奉納されています

 

この神社は球技の守護神で

蹴鞠つながりで
サッカー選手の方々もお参りにいらっしゃるそうです

 

お祈りが通じたんでしょうか

ミラン入りが決まりましたね

 

本阿弥光悦は、大坂夏の陣のあと

家康さんから鷹峯の地を拝領し

そこにさまざまなアーティストを集め芸術村を作り

創作三昧な人生を送ったそうです

 

あ、そうそう光悦作のひょうたんは?

 

黒の下地の上に荒々しく銀を塗った

なかなかお洒落な銀色ひょうたんだったようで・・・


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二条城をめぐる

京都の近代建築は懐が深い(?)

同志社の赤レンガ校舎に想う

相国寺から千家へ

同志社大学寒梅館でランチ

光悦をたずねよ



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ひさご様の京都見物~祇園会

ひさご様の京都見物~方広寺大仏殿

ひさご様の京都見物~祇園社で蹴鞠

風太郎と黒弓の御土居ウォーキング

光悦をたずねよ



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ひとつ上ゆく
京都行きお疲れさまでした。ってmadamyamさん、もう奈良へ行っているし。早っ!

京都を短時間にこんなに回って、きっと風太郎も目をまるくしているでしょう。


西洋建築の写真も、たくさんありがとうございました。京都は寛容だったんですね。奈良は奈良博以降、建てるのを避けて来ましたもんね。あの近代建築の「法王」と呼ばれた辰野金吾さんの奈良ホテルでも、あの外観ですもの。

そうだ、西陣電話局で、なぜか空に向かって吠えているライオン。意味があるとか。ライオンの後ろに給水槽があるんです。ヨーロッパでは古代エジプト以来、ライオンは水の守り神。だからライオンがガオ~です。これも本「建築探偵」の受け売り、スミマセン。

『クラーク記念館』の『クラーク』は札幌農学校のクラーク先生だと思っておりました。×ですね。
万城目さんの「ホルモー六景」に女の子が同志社に忍び込む場面があるんです。そこにホルモーをめぐって、クラーク先生が襄さんにあてた手紙がでてくるんです。
「ちょい福」を読んで改めてググってみると襄さんが留学したアメリカのアマースト大学に、クラーク先生がいたんですね。接点はあったんだ・・・。このクラーク問題。同志社の大学祭?なんかのクイズで出るらしいです(笑)万城目さんのこねくり具合を「ちょい福」がきっかけで発見できて面白かったです。

「二条城をめぐる」回とかに「○○址」という写真が多くでてきて、おもわず笑っちゃいました。madamyamさん、これで楽しめちゃうんだもんなぁ・・・・・と。そのうえ、いろんな時代のものを一緒に見れちゃう。きちんと勉強されているからできることで、私には無理ムリ・・・。ひとつ上ゆく、上級者の町歩きでした。

楽しく読ませていただきました。
長々とすみません。

年末で忙しいですね。お体に気をつけてください。
どんと 2013/12/17(Tue)23:26:34 編集
寛容というよりも
どんとさん

東京遷都が決まって、このままでは京都はダメになる・・・と、八重の桜の中にもありましたが、とにかく京都の町を復興させる、そして東京に負けない町にすると、京都の人たちは一丸となってがんばったんでしょう。だから建物も、とにかくスゴイもの、新しい感覚のもの、東京より上をいくものと、それがエネルギーになって町を復興させたんだと思います。

そんな状況でしたから、建築家たちも自分たちの力を十分に発揮できたんでしょう。そういう意味では、奈良とは、モチベーションがそもそも違うんですよね

ライオン、なるほど。神社仏閣の手水舎の龍や、法堂の天井の龍のような感覚なんですね、なんで唐突にライオンなんだろうと思っていました

クラーク夫妻の夭折した息子さんの名前が校舎の名前となり、さらに玄関に名前が刻まれています

ホルモー?すいません、読んでないのでさっぱりわかりませんが、同志社のことが出てくるんですね

他の都市に比べると、近代建築が比較的よく残っている京都ではありますが、耐震工事の関係で、外壁はそのまま残して中身を造りかえるとか、解体して新たに建てなおすとか、今、建て替えを検討している時期にきています。見に行かれるのなら、お早目にどうぞ。先日、上京区役所の取り壊し現場に遭遇しました

いろいろ情報ありがとうございました

madamyam 2013/12/18(Wed)22:26:35 編集
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